AI半導体のニュースでは、アメリカのNVIDIAという名前をよく聞きます。実際に半導体を作る場所としては台湾、メモリでは韓国の企業が注目されています。

では、日本はどこにいるのでしょうか。

完成した半導体の企業名だけを見れば、日本の存在感はかつてより大きく下がりました。しかし、半導体ができるまでの工程へ視点を移すと、違う景色が見えてきます。

今回覚えておきたい核心は一つです。

日本の半導体の強さは、完成したチップの名前ではなく、1000工程の途中に隠れている。

1988年、日本企業は世界の約半分を占めていた

1988年、日本企業は世界の半導体売上高の50.3%を占めていました。世界で売られていた半導体を二つ並べると、そのうち一つが日本企業の製品だったと考えられるほどの存在感です。

ところが、その後、日本企業が完成した半導体で占める割合は大きく低下しました。現在、AI半導体の設計ではアメリカ企業、受託製造では台湾企業、メモリでは韓国企業が目立ちます。

そのため、「日本はもう半導体王国ではない」と感じるのも自然です。

ただし、それは完成品を中心に見た場合の話です。半導体産業には、設計や完成品だけでなく、製造装置、材料、検査など、工場の中を支える仕事があります。

半導体は1000を超える工程で作られる

半導体は、材料を工場へ入れれば一台の機械から完成品が出てくる製品ではありません。

まず、土台となるシリコンウェハを用意します。その表面へ薄い膜を作り、光に反応する材料を塗り、光を使って細かな回路の形を写します。必要な部分を削り、洗い、測り、傷やゴミがないか検査します。

そして、また膜を作り、光を当て、削り、洗います。

経済産業省の資料では、半導体の製造には合計で1000を超える工程が必要だと説明されています。

料理でいえば、材料を入れてオーブンで焼けば完成するのではなく、巨大な厨房の中で、切る、塗る、焼く、洗う、測る、確認するという細かな仕事を延々と積み重ねるようなものです。一つの工程のズレは、その後の工程にも影響します。

だから、最先端の半導体を一社だけで作ることはできません。

国ごとに得意な場所が違う

世界の半導体産業を大づかみに見ると、各国には異なる強みがあります。

国・地域代表的な強み例
アメリカAI半導体などの設計NVIDIA、Cerebras
台湾設計図を受け取り、半導体を製造する受託製造TSMC
韓国AIでも大量に使われるメモリメモリメーカー各社
日本半導体製造装置、シリコンウェハ、材料など東京エレクトロン、SUMCOなど

これは、各国の産業を排他的に分類する表ではありません。アメリカにも製造装置企業があり、日本にも半導体デバイス企業があります。世界の分業構造へ入るための、あくまで大づかみな地図です。

重要なのは、どこか一つの国だけで最先端の半導体を完成させているわけではないことです。

設計する会社、実際に作る会社、工場へ装置を届ける会社、材料を届ける会社、欠陥を検査する会社が、国境をまたいで1000工程を分担しています。

東京エレクトロンは製造装置を支える

日本企業の例として、東京エレクトロンがあります。

同社は、半導体を作るための製造装置を世界中の工場へ提供しています。フォトレジストを塗布・現像する装置、薄い膜を作る成膜装置、不要な部分を取り除くエッチング装置、表面を洗う洗浄装置など、複数の工程に関わっています。

ここで注意したいのは、東京エレクトロンを露光装置そのもののメーカーとして説明しないことです。光を使って回路の形を作るリソグラフィ工程の中でも、同社が担う代表的な領域は、フォトレジストの塗布・現像です。

完成したパソコンやスマートフォンに東京エレクトロンの名前が表示されるわけではありません。しかし、その中の半導体を安定して作るには、こうした製造装置が欠かせません。

SUMCOはチップの土台を作る

もう一つの例がSUMCOです。

SUMCOは、半導体の土台となるシリコンウェハを製造・販売しています。どれほど優れた設計図があっても、土台となるウェハの品質が安定しなければ、細かな回路を正確に作ることはできません。

前回扱ったCerebrasの巨大なプロセッサも、元をたどればシリコンウェハ上へ回路を形成して作られます。ただし、Cerebrasのプロセッサは円形のウェハをその外形のまま製品化したものではありません。また、Cerebrasの特定製品にSUMCOのウェハが使われていると断定するものでもありません。

日本の強さは完成品の後ろに隠れている

日本には、東京エレクトロンやSUMCO以外にも、洗う工程、削る工程、光に反応する材料、目では見えない欠陥の検査など、半導体づくりの途中を支える企業があります。

経済産業省の資料では、2021年実績で、日本企業は半導体製造装置の31%、主要半導体部素材6品目の48%を占めています。ここでいう主要部素材6品目は、ウェハ、レジスト、CMPスラリ、フォトマスク、ターゲット材、ボンディングワイヤです。すべての半導体材料を合計した現在の市場シェアという意味ではありません。

僕らが普段見るのは、最後に完成した半導体の名前です。その途中で使われた装置や材料の企業名までは、なかなか見えません。

料理を食べた店の名前は覚えていても、厨房のオーブンや包丁を作った会社までは知らない。それと少し似ています。

見えないから、存在感が小さいように感じます。しかし、1000工程のどこかが欠ければ、半導体を安定して作ることはできません。

日本の半導体産業はなくなったのではなく、その強さの一部が完成品の後ろに隠れている。

「知られざる半導体王国」という言葉は、日本がかつてと同じように完成半導体市場を支配しているという意味ではなく、この見えにくい強さを表しています。

Cerebrasから見える世界の分業

Cerebrasはアメリカで巨大なAIプロセッサを設計し、そのWSE-3は台湾のTSMCの5nmプロセスで製造されています。さらに半導体工場では、日本を含むさまざまな国の企業が装置や材料を供給しています。

これは、Cerebrasの特定の半導体に、この記事で紹介した日本企業の製品が必ず使われているという意味ではありません。個別の供給関係と、半導体産業全体の分業構造は分けて考える必要があります。

それでもCerebrasを入り口にすると、AIが世界中の物理的な産業に支えられていることが見えてきます。

AIは、画面の中やクラウドの中に存在するソフトウェアのように見えます。しかし、その一番下には、工場、巨大な製造装置、材料を作る企業、世界中から部品を運ぶ物流があります。

AIは、ものすごく物理的な産業でもあるのです。

まとめ

日本企業は1988年、世界の半導体売上高の約半分を占めていました。その後、完成した半導体では存在感を大きく落としました。

しかし、1000を超える製造工程の中まで見ると、日本企業が今も強い場所があります。

日本の半導体の強さは、完成したチップの名前ではなく、1000工程の途中に隠れている。

そして、ここから次の疑問が生まれます。

半導体は、さまざまな国が得意な場所を分担して作っています。それなのに、なぜアメリカ、日本、ヨーロッパは、自国へ半導体工場を呼び込もうとしているのでしょうか。

次回は「AIと半導体の国家争奪戦」。AIを作る競争が、なぜ工場を奪い合う競争へ広がったのかを整理します。